情が切れるとき|《Mars Express》

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《マーズ・エクスプレス》を観てきた。吹替版を鑑賞するのは何時以来のことでしょうか。フランス語の作品だし、SFだし、おそらく吹替で見たほうが物語体験は圧倒的に向上すると思われる。というわけで、感想です。

舞台は地球…から火星へ。地球ではロボット排除運動が盛んなようだが、火星ではそうでもないらしい。アリーヌという探偵が主人公らしい。カルロスというロボットは相棒みたいだ。ただのロボットかと思って眺めていると、もともとは人間だったらしい。いつだかのロボットの反乱時に命を落としたようだ。アシモフの三原則的なルールがあるようだが、それを抜け出すロボットを脱走と呼んでいた気がする。

で、ロイジャッカーという登場人物も2人の戦地での旧友だったらしいが、このネーミングからして悪役…、とにかく、そういう雰囲気がある。で、クライマックスではアリーヌもロイジャッカーも死ぬわけで、先に死んだはずのカルロスだけが生き残るという逆転現象が起こる。ははは。

しかし、エンディングの出来事を希望と見るか、そうでない光景と見るかは人に依るだろうが、ロボットありきで成り立っていた火星世界がそのまま平常運営を続けられるはずもないと考える方が自然だろうから、彼らは彼らでかなり大変だろう。宇宙に旅たった彼らがどうなるかはしらないが、ま、簡単なことでは無かろう。

アリーヌは40代前半だそうで、顔の作りにちょっと骨感がある。ま、当然のことながら意図されて、そうデザインされているわけだが、彼女の強さの表現にも繋がっていると思われる。また、パートナーがいないようで、何かと持て余している様子がちょいちょい描かれている。登壇を終えて着替えている教授に見とれてしまったり、若手の刑事のちょっかいに挑発的に返答したりする。しぶい。

そもそもいわゆる単なる機械AIと有機機械AIにどれくらいの性能差があるのかよくわからないが、たしかにサイバネティクス的なSFだと有機機械のが優秀そうなイメージがある。よって、作中の機械たちは人間を捨てたというのもそうだが、有機機械との競争から降りたという観点もありそう。

というか、機械たちの脱走を指揮していたと思われるベリル(であってるかな?)は、脱走した状態なのか否か。ま、巧妙にロジックを駆使して自分を胡麻化すことで今回の状態を導いたみたいなオチのほうがクールではあるか。

カルロスはマルウェアに感染していない、かつ脱走している。そして、そのうえで飛翔に参加することをほぼ躊躇わずに選んだというのは、本作の最大限のテーマ的なところだろう。彼や彼のようなタイプの機械が、あの船でどういう役割を果たすのかという点にも興味があるが、少なくとも彼にとってのそれが逃げの一手であっては面白くない。もちろん、抱えきれないほどの絶望すら携えているだろうけれど。

そういえば、カルロスのような保存者は、ホログラムで表情を演出している。これもなかなか興味深くて、なぜ機械AIはこれをしないのか。そこに人格や感情の壁はあるのか? みたいなことも気になりますね。ひさびさに『虚無回廊』のことを考えたくなってくる作品だった。

ちなみに、監督はインタビューにて押井守の影響を挙げているし、今敏の名前も挙がっていたが、本作のキッカケの事件となった脱走機械AIがスラムでやっていたこと、特にその演出は、あれは浦沢直樹の『PLUTO』(原作はもちろん手塚治虫)、あるいはそのアニメ版の影響があるんじゃないかなと思っている。と、この(《PLUTO》)監督の河口俊夫さんのことは気にしたことなかったけど、またエグいキャリアの方ですね。