明日がほしい|『シンプル・アクシデント』
『シンプル・アクシデント|偶然』の鑑賞記録。台詞に頼った長い口論や妙な間の多さには不安が残る。カメラの長回し、俳優の熱演、終盤の緊張感はお見事。最後まで此方を宙吊りにしかねない演出は念押しが過ぎるのでは。
《シンプル・アクシデント|偶然》を観てきた。作品の背景も監督も特に確認しないで鑑賞して、終わってから作品情報をあらためて「あぁ、あの有名な人か」くらいの認識である。まったくつまらない作品ではないが、一方で冗長なシーンも多く、手放しに面白いとは言いがたい。ゼロではない魅力と、その匙加減の話をしたい。
このような感想に至るにあたって、この手の映画をひさびさに見たのも個人的な理由のひとつだろうと留保しつつ、ほかの人にも似たような意見は少なくなさそうだったので、下記に述べることは、おおむね鑑賞者に共通した感覚だろう。
まず、ひとつには台詞に寄っかかったシーンが非常に多い。
ハミドという直情型キャラクターが登場してからの展開に顕著で、とにかく熱く口論が交わされる(ほぼ彼の独演といっても差し支えない)。これが2、3度ほど、そのたびに長々と続く。すごいエネルギーに圧倒されるものの「映画なんだから、もっと動きをさ…」という気分にもなる。似た感情を引き起こすシーンはいくつかあって、映画の性質として否めない面もあるが、要するに飽きる。
ま、文句は言いつつも、台詞はよくできているし、これを熱演する俳優はすごい。ハミドの俳優さんの熱演は特にスゴイ。
次に、特に序盤であるが、起きていることも分かりづらい上に、何かと間をとるシーンが多い。狙ってのことだとは思うが、生じたままの無理解や伴う退屈が勝ってしまうと、作品全体に対する姿勢が崩れかねない。上記の会話劇の多さと同じように、いくつも感じたことなので特定のシーンを挙げづらいが、欠点ではあろう。
いろいろと長回しが凄い
ほぼゲリラ撮影だったらしいので、その都合上、やむを得ずというケースもあったのだろうが、それはそれとしても目を見張る長回しが多かった。会話劇もそうだけど。
まずは、冒頭、車のフロント側から車内を映す視点が映される。後部座席の娘が騒いだり、がたがた道を走ったり、小動物と衝突したりする。で、確認のためにドライバーは運転席から降りるが、それと同時に固定されていたカメラも動き出す。
えぇー、である。遠目から寄っていくでもなく、固定されていたように思えたカメラが動き出す。で、彼の上半身から顔面のアップになっていき、どうやら車の状態や衝突した対象を確認しているようだが、ただでさえ顔面しか映っていないうえに暗く、詳細はよくわからん。そして彼が車に戻るとカメラも同じ位置に戻り、またしばらく走り、ふたたび停車し、というところまでずーっと続く。
次いで、ちょっとしたアクションシーンがあった。おなじみ、ハミド君が暴走して河川敷でバンをクルクルと回すシーンがある。笑えて面白かった。スタントを使っているワケではないだろうし(ドライバー(ハミドの代わりがいるとすれば)は本人じゃなくてプロかも)、なんであんな回りくどい軌道で走ったのかといえばギャグでしかないけれど、バンを止めにかかる俳優陣はかなり身体を張ってたんじゃないかな。
最後に挙げるとすれば、やはりクライマックスだ。延々と続いていた問答にようやく決着をつけるシーン、これでもかといった罵倒が、最終決戦らしくさすがに緊迫した雰囲気を充満させていくのだが、ここまでの口論とは性質が異なる。なぜなら、いままでは身内の争いだったが、ようやく本丸との対峙だからだ。かつ、いままで狂言回しや、理性的なポジションを担っていたキャラクター2名が渾身の罵倒を織り成すのだ。
これに応える男、哀れで見事だった。
映画の目指すところやエンディングとか
本作のジャンルについて、Filmarksだど、ドラマ、ミステリー、クライム、スリラーなどと記載されており、個人の感想をたどるとサスペンスという人もいる(パンフレットや広報に使われているのかもしれない)。一方で、英語版の Wikipedia には ” Political thriller” とあり、流石にこれが収まりがよさそうだ。
ちなみに邦題の「シンプル・アクシデント」は原題(ペルシア語)に近いようだ。邦題には「偶然」というワードが付されているが、これは「運命」ではないという留保を強調したのではないかと考える。
フィクションとして公開される限りにおいて、作品はある種のエンターテインメントとなることは避けられない。同時に、いわゆる「社会派」と呼ばれる役割があることも特に本作では否定できるはずもない。「感動できなかった」という意見も見かけたが、制作側に感動を誘う意図はなかったろう。
個人的には、特に序盤はエンタメとしてはまるで楽しめなかったので(上述の理由が大きい)、だからこそ着地点がややこしいなと考える。中盤からはコメディタッチになっていき、ようやく話の見通しが立つし、クライマックスは上述の通りの出来栄えではあって、要するにノンジャンル(ごちゃまぜ)作品ともいえるんだろう。
エンディング、本件からもう何日も経ってのことだろうが、主人公は引っ越すのかな? なんらかめでたいことがあったようだが、詳細はわからない。とそんなところに、彼のトラウマとなっている音が近づいてくるのだが…。
で、この終わり方、どうなのよ?
具体的な状況を想起させるよりは、象徴としての音として捉えたほうが考えやすいけど、それにしてもスッキリした解釈はない。これも狙い通りではあるのだろうが、しかし、こんなことは、作中でさんざんと引っ張って、振り回してきた内容そのもの(テーマといってもいいだろう)だろうから、いやらしくも尾を引くような終わらせ方は不要ではないかな、というのは私の考えです。
そういえば、どこかで見かけた感想で、オープニングの車中での娘との対話からして回答のひとつは提示されていただろうという指摘があった。そういえばそんなやりとりもあったなと気づいたが、新しい命や子供には誠実であろうという点では、誠に人間性に忠実な作品であったな。『東京ゴッドファーザーズ』でも見直すか。